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退職取締役と競業避止義務の問題

 昨日の続きです。
 高知地方裁判所平成2年1月23日判決をもとにした問題。
 会社での経営方針や、人間関係など様々な事情からこのまま会社には居られないと思い、退職した取締役が、前の会社と競業する会社に移り、または自己で競業する会社を立ち上げた場合の問題です。
 このケースで次の二つの条件があります。まずは、競業避止義務契約が締結されていないこと。従って、昨日記載しましたが、退職取締役は競業避止義務を負わないことになるはずです。
 しかしながらもう一つの条件が少々厄介。高知地裁判決の頃はまだ旧商法でした。そのため、取締役は3人はいなければならないという最低人数の制限があり(旧商法255条)、仮に取締役がなんらかの理由で一人退職した場合、制限人数を充足するよう新たな取締役が選任されるまでは、退職取締役は取締役としての権利義務を有することになるのです(旧商法258条)。
 この点は会社法下でも、取締役会設置会社であれば同様の問題が生じることになりますね(会社法331条4項、346条)。

 そうすると、退職取締役は、競業避止義務違反も負うことになってしまいます。
 しかし、たとえば退職取締役が、会社に対して早期に新しい取締役を選任するよう求めていたにも関わらず、会社が嫌がらせのために渋ったような場合でも、退職取締役に競業避止義務違反や、あるいは取締役としての損害賠償責任(旧商法266条の3、会社法429条)のは退職取締役にとって酷ではないでしょうか。
 たしかに、会社は新しい取締役を選任しなければならないことになっており、これに違反すると100万円以下の過料に処せられる(旧商法498条1項18号、会社法976条23号)ことになっていますが、同族会社などで人間関係がこじれている時には過料による制裁も辞さず新たな取締役を選任しないことも考えられます。

 前述の高知地裁判決は、競業避止義務に関して、この問題が顕在化した事件に関する判決です。
 退職取締役が、様々な嫌疑を掛けられたことに嫌気がさして退職、独立して自己の会社を設立したというケースでした。この件で退職取締役は、在職していた会社の取引先とも取引を開始。また元の会社にいた従業員などが退職取締役を慕って独立した新会社に移ったこともあって、元の会社から競業避止義務違反などで訴えられました。
 結論として高知地裁は、退職取締役が、元の会社に対して、新たな取締役を選任するように何度も求めていたこと、元の会社の取引先との取引も、元の会社に損害を与える意図で行われていたものではないこと、などを認定した上で、元の会社が競業避止義務違反を主張することは信義則に反して許されず、損害賠償請求は権利の濫用であると判示しました。

 裁判例は、退職取締役の職業選択の自由という利益と、会社の経済的利益を天秤に掛け、信義則というフィルターを用いて公平に資する結果を導き出すという理論構成をとった訳です。
 しかし、この点については、そもそも旧商法258条(会社法346条)は、取締役の空白期間を作らないための規定であるのだから、新たな取締役を選任する合理的期間を経過した後は、適用がないと考えるべきとの説もあります。理論的にはこの説もなかなかしっかりしているのではないかなと思います。
 前述の裁判例以外の裁判例を見ると、空白期間が7年や15年といった長期でも、旧商法258条の規定の適用はあると認定した上で、信義則や過失判断で不都合性を回避しているものがありますね(東京高裁昭和63年5月31日)。
 他方で、会社よりも退職取締役の方がたちが悪いと認定された事案では、退職取締役の忠実義務違反を認めるものもありますし、取締役や従業員が会社から突然一斉に退職して競業する新会社を作ったケースで共同不法行為を認定したケースもあります。
 こうして裁判例を見てみると、裁判例の判断基準は曖昧なところをかなり残すものではありますが、事案ごとの柔軟な対応を考えると、やむを得ないのかなと思います。 
 結局のところ、この問題を適切に処理するには、事案に応じたバランス感覚が必要になってくるということなのでしょうね^^